2010年08月27日

      
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岩波書店
父を焼く
 上野英信と筑豊

上野朱 著
2010年8月刊行










装画と扉絵を描きました。


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 1958年、北九州筑豊の地で、職場やサークル運動に大きな影響を
 与えた『サークル村』が刊行された。
 谷川雁や森崎和江と共に、この雑誌の中心となったのは、「筑豊
 文庫」と名付けた自宅を拠点に活動した上野英信(1923〜87)
 であった。
 その一人息子である著者が、戦後を代表する記録作家であった英
 信と彼を支えた母・晴子の思い出、さらには著者の幼い頃からの
 回想を交えて、筑豊とそこに住む人々を描いた珠玉のエッセイ集。
 英信の葬儀の時、大量の本を入れたために大変な火葬になった表
 題作など27篇を収録。
 *岩波書店 info

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上野英信先生の大ファンだった両親は、まだ小学生だった私を連れて筑
豊文庫に度々お邪魔していました。
たばこの煙が充満した部屋で、訳のわからない話をしながら酒を酌み交
わす大人たちを見ているのは退屈で、彼等の話題が途切れたときに構わ
れることのないよう、できるだけ小さくなって座っていたのでした。
その頃の朱さんは子どもの領域のはずなのに、ありえないほど礼儀正し
く、オトナな雰囲気だったのを覚えています。
(先ほどブログを見たと朱さんからメールがあり「できるだけ小さくな
って座っていた」?誰が?と突っ込まれました。が、違ってたかなあ…
馬鹿笑いはしてたと思うけど、内心は縮こまってたはずですっ)

今回私が朱さんのエッセイを読んでどうしても絵にしたかったのは、昔
は炭鉱で製図台として使われていたという200×162cmの居間の大机。
筑豊文庫に訪れた誰もが忘れないであろう、象徴的な存在です。
机の上にはいつも花が挿してあり、晴子おばさまが忙しく動き回って皆
をもてなし、英信先生は何杯呑んでも姿勢の良さが変わらず、酔って変
になってしまうお客さんもチラホラ居て、お酒を一滴も飲めない下戸の
我が父も毎度ゴキゲンの様子でした。
普通に外を歩いていても見かけない感じの大人たちが集まっていたので
退屈なりに社会勉強をさせていただいていたのでしょうか。
その先の人生も風変わりな大人ばかりに出逢って可愛がってもらえ、そ
して若いコに訊くと、今や私も立派に変な大人なのだそうです。ああ。

朱さんに今回の装幀の件で連絡をいただいたのは、相棒が昏睡に入る少
し前のことでした。
バタバタしていて打ち合わせにも出られず、本当に出来るのだろうかと
不安でしたが、相棒の葬儀諸々の全てが終わり、独り仕事机に向かった
ときに、筑豊文庫や朱さん、父や母に思いを馳せることで、どれほど心
が救われたか…今思い出しても感謝の気持ちで一杯です。
そしてこんなふうにずっと繋がっていられていることや、私の存在を忘
れないでいてくださっていることが本当に嬉しくて、今日、献本が届い
たとき、本文に登場したり造本に関わったりした皆さんと、あの大机を
囲んで笑い交わしているような気持ちになりました。
デザインを快く引き受けてくれた藤井礼さんと大矢伸子さんも、そして
1度しか会ったことがないのに、朱さんの人柄と空気が好きだ、文章が
とても好きだと言って『蕨の家』を熱心に読んでいた我が相棒も、その
大机を囲んで座っています。
今日は相棒の4度目の月命日。きっと喜んでくれているはず。
人と人との繋がりを大切に扱う仕事を特に好む人でしたから。

朱さん、素敵な依頼をありがとうございました!
どうかこの本がたくさんの人々の手の中に届けられますように☆

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*書評:三省堂書店「神保町の匠



(02:50)

この記事へのコメント

1. Posted by kawakami   2012年06月27日 23:27
返信ありがとうございました!
実は仕事のことで気分がむしゃくしゃしていたのですが、
いっぺんに気持ちが明るくなりました。あんなにたくさん
お返事いただけるなんて思ってなかったものですから…

いま「父を焼く」のカバーを外して机の上に広げて見ていま
す。この左側の椅子2脚が少し引かれているところがいいん
ですよ。ながめていると、煙草の煙の後ろに、目の前の客人
に口角泡飛ばして何か喋っている英信さんが浮かんでくるよ
うなんです。
そして今気付いたのですが、左の隅に晴子さんの片脚が…
細やかですねぇ。
今日は「さよなら、父母の日々」を読みました。
「この人は大切なことをしている」「この人に自由に書かせ
る」という晴子さんの思い、「さよなら、そしてごめんね」
と詫びながら原稿を箱に収める朱さん。ああ、美しい家族だ
なぁと思いました。
「蕨の家」の表紙のご夫婦の写真が好きで、飽きずに眺めて
ることがあるんです。なんかいいなぁと思って。
昔はこういう写真、ありましたよね。白黒がまだ普通だった
時代。今はこういう写真あまりないなあ。なんなんだろうな、
と思いながら眺めています。

実は本橋さんの「ナージャの村」と「アレクセイと泉」の
DVDも持ってるんです。本橋さんとお仕事されていたという
のも驚きでした。おっと、締切間近の緊急事態でしたよね。
お仕事の邪魔しないようにしなければ。僕も間に合わないと
きは二晩徹夜したりします。もっと計画的にやっとけばいい
んですけど、「計画的」が苦手みたいです。
「ヤマネコ毛布」amazonで注文したんです。
とてもとても楽しみです。
2. Posted by kawakami   2012年07月05日 11:29
「ヤマネコ毛布」も購入し、読ませて(見せて)いただきま
した。絵本のフレームからはみ出んばかりの構図がとても好
きです。真ん中にお行儀よく収まっている絵より、フレーム
の外の世界をどんどん想像させる力があります。
イメージをすぐかたちにしたければ、そのまま絵にするほう
が早いのに、山福さんが、木版画や刺繍や陶芸など手間のか
かるやり方ばかりやるようになったこと、とても面白いと思
いました。
2007年7月のblogにも書かれていましたが、やってるうちに
どんどん増殖するというのはよくわかります。
家具作りでも、仕事が段取りよくスムーズに行ってると、あ、
これもできるな、とかこれもついでにやっとこうとか、しば
しば閃いてうまく流れる。それを「手が伸びる」と言ってい
ます。
木版掘りで木と戯れ、刺繍で布と糸と戯れしていると、あ、
こっちも、とか、お、これも、とか手が伸び放題状態なのか
なぁと思ったりします。楽しそうだなぁ。
黙々と版木を彫る、その長く静かな時間。でも精神は躍動し
たり落ち着いたり、無心になったり。
その「じっくりコツコツ」の時間が人を支えてくれますよね。
3. Posted by akemita   2012年07月05日 19:17
「父を焼く」の装丁をお褒めいただいた上に「ヤマネコ毛布」
をご購入いただき、なおかつ嬉しくなっちゃう感想など、ご丁
寧にありがとうございます!
こうやって受け取った方がどう感じているのか、なかなか知る
機会がないので、感想を頂くのは本当に嬉しいです。

> 家具作りでも、仕事が段取りよくスムーズに行ってると、あ、
> これもできるな、とかこれもついでにやっとこうとか、しば
> しば閃いてうまく流れる。それを「手が伸びる」と言ってい
> ます。

「手が伸びる」は良い表現ですね!私にも使わせてください。
伸びる手がもっと欲しい…時折、タコになりたい気分です。
創るのは、それはそれは苦しくも楽しい時間なのですが、約束
した期限に間に合いそうにないときは冷汗脂汗でヒーヒーです。
現在まだその状態で…いま取り掛かっているのは韓国から出版
される科学絵本(数年前の宇宙の絵本の流れ)の火山の絵本で、
毎日、火山の動画や画像を眺めて暮らしているため、激しい噴
火の光景が脳から離れず、夜はうなされてしまいます(笑)。
慌てているからといって根を詰めると、私の場合は腱鞘炎にな
ってしまって後が続かないので、1日に彫るおよその量を決め
て作業しています。だから進まないのかな。徹夜ができる体力
と筋力が欲しいものです。
ま、そんな欲を言わず、とにかく持てる力で「じっくりコツコ
ツ」に支えられてやるしかないので…もう少し頑張ってみます。

あ〜楽しかった♪ありがとうございました☆
4. Posted by kawakami   2012年07月06日 09:10
「納期短くて悪いんですけど○○までに必ず仕上げてください!」
なんて言われると「まったく!手は2本しかねえんだゾ!」って
言いたくなります。
タコは贅沢としても、せめてもう2本、手が欲しい。できれば使
い古しのこいつらよりももうちょっと器用なやつを(デへ)
つい一昨日も朝9時引き取りなのに朝5時に完成。ああ、綱渡り
人生もまた楽しからずや♪

頭の中は「噴火」状態の由、お察しいたします。
頑張ってください∞
5. Posted by s.aiko   2012年09月10日 00:37
朱実さん、はじめまして.... ふとした弾みでここに辿り着
いてしまいました。
朱実さんの存在は、私が3年前まで所属していた宝珠山村の
「手仕事舎」で、今は亡き主宰のTさんから聞知りました。
私は2年ほどしか手仕事舎に在籍していなかったので、残念
ながら朱実さんにお会いする機会に恵まれませんでしたが、
どこか心の片隅に朱実さんが引っかかっていたのでしょうね。
今回、webの波に乗って偶然たどり着いたのも必然だったの
かもしれません。

私は筑後の人間ですが、20年ほど前、田川の石炭記念博物館
で「山本作兵衛」の炭鉱画を観て以来、筑豊の炭鉱と、そこ
で暮らす人々に惹かれ、上野英信氏や奥様の晴子さん、ご子
息の朱さんの存在もそののち知りました。
今年の初めに田川の老舗料亭で、山本作兵衛の娘さんや親族の
方も集まって、人間〜山本作兵衛に肉薄する貴重な催しがささ
やかに開催されたのですけど、その席で私は初めて上野朱さん
にお会いしました。
英信氏から譲り受けたという作兵衛さんの荒削りな炭鉱画を
30枚ほど持参されていて、私たちに見せて下さいました。

そういえば、宝珠山の「絵本作家原画展」の手伝いをしながら、
口の悪いフーテンの真由美嬢が「アタシ、山福朱実が好きだっ
たのにぃ〜」って言ってましたっけ.....。宝珠山には想い出が
あり過ぎて、胸が潰れそうになります。
ボス亡き後、スタッフ間でも色々な確執があり、私は手仕事舎
を離れる決意をし、以来まったく疎遠になってしまいました。

今は亡きT氏を介して、また、ひとりの人間として、いつか何
処かでお会いできたらいいですね。
突然の長文メール失礼しました。

PS 「キジバトの記」私の大好きな本です。
以前のお父様のシンプルな装幀も良かったけど、朱実さんの装
幀の方がこの本にはふさわしい気がします^^♫
6. Posted by akemita   2014年07月23日 17:49
akikoさま
なんてことでしょう!コメントをいただいてからもう2年が経ってしまっているのに…今頃返信ごめんなさい!うっかり見逃していました。そして今日、先ほど気付いてガ〜ン…です。本当にごめんなさい。この返信が届くと良いのですが…泣。

宝珠山のこと、とても懐かしく思い出します。
絵本原画展のお誘いもあったのですが、私の体力と気力が足りず、とうとう叶わぬままになってしまって…Tさんや真由美ちゃんには申し訳なく、Tさんがもう少し長くこの世にいらっしゃっていたら実現していたのにと思うと心残りです。
残された者たちが協力して、ますます生きにくくなっている現世で、なにかこう、ひととひととが笑顔で繋がることができるようなきっかけや場所が、ひとつでも多く作れるといいなと願っています。
こうしてakikoさんが私にコメントをくださったこと、そして大層遅れて失礼至極ではありますが、そこから導き出された楽しい思い出や想いが共有できたことが嬉しく、そしてまた何処かでお会いできるかもしれない密かな楽しみもできたということがまた嬉しくて…小さな喜びの種はちゃんと育っていくのだなと思いました。

先人たちがこうやって様々な種を散蒔いてくださったように、私もまた、微力であってもそれなりの種を蒔き続けることを怠ってはなりませんね!
いつの日か何処かでお会いできますように☆

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