2017年08月06日

      
昨年のblog記事を再投稿。できる限り毎年続けていきたいと思います。
山福康政「ふろく」

私は北九州生まれですが、母は秋田、父は広島というブレンドです。
曽祖父が爆心地近くに建っていたという山福旅館を道楽で潰し、晩年は
盲目となった祖父が仕事を求め、賭博業で九州へ流れ着いた親戚を頼っ
て北九州へ渡ったお陰で助かったのだと…
小さな頃から道楽も一概に悪いとは言えんのだぞ的に聞かされていたの
で、私の現在の生活もそのせいに違いないんだわと言い逃がれしつつ、
やはり8/6は父方の先祖を憶う特別な日。

画像は父の著書「ふろく」の1場面。
叔父が営む自転車屋から仕事を手伝えと声がかかり、原爆投下の2年後に
広島に降り立ったときの記憶のようです。
『焼跡は想像をはるかにこえていた。西魚屋町は繁華街だった。紙屋町
のそば。ぼくの母の妹の叔母は八月六日にピカで死んだ。なぜか左半分
だけ焼け残ったのを姪が二日後、学童疎開先からぬけて来てトタン板の
上で焼いたそうだ。当時小6だった。』

坂口博さんによる「原爆文学」探査5/山福康政『焼け跡に風が吹く』
に考察と詳細が書かれているのを見つけました。

*朝日新聞 原爆投下直後の広島全景360度(1945年8月10日)
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(09:55)

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