2018年04月27日

      
2009年 樹の実工房

昨年の命日はまだ相棒と暮らした百合ヶ丘でしたが、その2ヶ月後に北九州へ移住。多くの仕事を抱えて引っ越したので、その後もずっと、この1年、休む時間は殆ど取れないまま、ただただ必死に暮らしてきました。
百合ヶ丘の庭にいた植物たちで移動可能なものは友人知人たちに移植してもらったのですが、大木だった山栗、柿、銀杏、茱萸、日向夏などは置いて行くしかなく、数ヶ月後に友人に偵察に行ってもらったら、重機が入って土は掘り返され、植物の姿は何もなかったということでした。
あんなに豊かだった庭を簡単に壊せる、生き生きと繁っていた樹々を惨殺できる人間たちとはどのような輩なのか、価値観の違いと金銭的に貧乏であるということの悔しさを味わいました。
相棒と共に築いて暮らした場所は今の現実世界にはどこにもなく、心の中にだけ。執着からも放たれて神聖なものになったように感じます。
8度目の命日(亡くなった年も数えた場合は9度目)は、まったく別の場所、新しい家族との暮らしの中で迎えることとなりました。
昨年も同じことを思っていた…この急流に逆らえない私なのだから、ざわざわする気持ちを笑いで包む技をもっともっと磨くのよ、そんなふうに精一杯やっていくのですよ、と、また改めて。
もしも運命というものがあって、何もかもが最初から決まっているのだとしても、折々で泣いたり怒ったり笑ったり驚いたりしながら、その不思議を楽しむことができたらなあと思います。怖いけれどみんな平等。
Todo cambia. すべては変わる。小鳥たちは止まる樹を変える。
それでもいつも傍にいてくれる相棒に心からの感謝の気持ちを。
これからもずっと私たち家族を見護っていてくださいね。ありがとう。


(01:17)

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