日々徒然

2018年11月12日

ネコニャス
やんちゃすぎてカメラに写らないので愛猫投稿ができなかった山福家(特に母)のネコニャス(母は"ナナくん"と呼ぶ)1歳半弱が、先週から突然具合が悪くなり緊急入院。重篤な尿路結石症による急性腎不全で2日入院して処置、昨日から家に戻って来たけれど自力でおしっこができない状態で、今日から連日の通院が始まりました。自由業で良かった。
治癒は困難とわかっていても、必要最小限のシンプルな治療を施して祈りながら、できるだけ母と一緒の時間を過ごせるよう工夫しつつ最善を探る日々。自力でおしっこができるようになるまで恢復できたら、次に腎臓のことを考えようという流れです。
そんなこんなで相方と共に、出掛けたい催しに辿り着けない人たちとなり、約束事や仕事も遅れ気味になっています。
いろいろなこと、お許しください。仕事だけは遂行します!

(15:58)

2018年10月02日

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昨夜の嵐が嘘みたいに晴れて暖かい日!ライブ中止は残念だけど家に籠って料理三昧…
で、昼食は相方カレー!
小豆の黒酢和え、砂肝と葱の揚げ煮、牛肉舞茸枝豆牛蒡コロッケを一皿に。デザートにヨーグルト×無花果のコンポートを茶碗いっぱい食らって満腹の極み Ψ( ̄∇ ̄)Ψ
デニーさん万歳✨☀️✨

(13:56)

2018年09月29日

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台風接近中というので牛肉舞茸枝豆牛蒡コロッケを揚げて
秋刀魚のアヒージョ🍴
チャベーラ♪
ネコニャス(ФωФ)
と共に静かに過ごす相方邸。

(16:40)

2018年09月24日

むかご
どこに植えたのか忘れていた、百合ヶ丘から共に引っ越してきた山芋がちゃんと育って実をつけてくれました。まだ小さな芋なので少なくて、むかご飯1回分ほどの収獲ですけど。
嬉しいなあ♡

(09:28)

2018年09月22日

緑さん
病院の帰りに築100年を超える上野海運ビルを丸ごと使ったイベント”若松ベイサイドマルシェ”で”千石の唐揚げ”と、カレー居酒屋エンフクの”若松トマトカレー”を食べ、バスに乗るべく若松渡場に寄って、父が大昔に描いた、経年で色褪せた火野葦平文学散歩地図を背に記念写真を撮る緑さん。
母が若松渡場まで来るのは何年振りでしょう。
今日は調子が良くてたくさん歩きました☀️

(09:57)

2018年09月20日

もう日にちがない、夏も終わる!というので、毎日曇りがちの空を見上げ、晴れ間がチラッと見えたのでエイヤっと秘密の海岸へ出掛けました。
流木

バス停で
目的は10月に控えた三人展の展示用の流木。
メキシコからやってくる竹田邦夫氏の彫銀アクセサリーに似合うよねと、だあれもいない砂浜で拾い集めて参りました。

完全な遊びはなかなかできない忙しい日々。帰りのバス停で相方が帽子に挿してくれた朝顔が綺麗で癒されました。頑張ル!

(15:19)

2018年09月17日

スパティフィラム
百合ヶ丘から一緒に引っ越してきたスパティフィラムが元気です。
白からだんだん黄緑色に変わっていく花もどきがとっても綺麗。
花粉もいっぱい出していますね。
おもしろい形だなあ。

(09:40)

2018年09月15日

ハバネロの花
普通の唐辛子はとっくに収獲したけれど、メキシコ産ハバネロは咲いたばかり。収獲まで漕ぎ着けられるのか!

しかし、唐辛子より黄緑がかった可憐なこの小さな花が、あの殺人的激辛の果実になるのだから不思議です。
他人事じゃない気がするのは勘違いか…

(09:42)

2018年09月07日

花オクラ
上野家からタネをいただいて育てた花オクラが先日から見事に咲いてくれており、すでに何度も食卓へ上がりました。
大輪の花を食すという優雅さがたまりません!

とても丈夫な植物で、眺めて綺麗、食べて美味しいとは良いとこだらけ。
まだまだ咲いてくれそうです。わーいわーい♬

(16:22)

2018年08月10日

溜での作戦会議
数日前に吉祥寺から北九州 若松入りした岩切章悟くんが本日8/10より約3日間、浮羽・ イビサの姉妹店・溜(たまり)の外壁に絵を描きます!画像は昨夜の作戦会議記念写真。私たちも遊びに行くわヨ♪

*ショーゴはこんな絵
 を描くひと。
溜 TAMARI


(17:30)

2018年08月06日

昨年のblog記事を再投稿。できる限り毎年続けていきたいと思います。
山福康政「ふろく」

私は北九州生まれですが、母は秋田、父は広島というブレンドです。
曽祖父が爆心地近くに建っていたという山福旅館を道楽で潰し、晩年は
盲目となった祖父が仕事を求め、賭博業で九州へ流れ着いた親戚を頼っ
て北九州へ渡ったお陰で助かったのだと…
小さな頃から道楽も一概に悪いとは言えんのだぞ的に聞かされていたの
で、私の現在の生活もそのせいに違いないんだわと言い逃がれしつつ、
やはり8/6は父方の先祖を憶う特別な日。

画像は父の著書「ふろく」の1場面。
叔父が営む自転車屋から仕事を手伝えと声がかかり、原爆投下の2年後に
広島に降り立ったときの記憶のようです。
『焼跡は想像をはるかにこえていた。西魚屋町は繁華街だった。紙屋町
のそば。ぼくの母の妹の叔母は八月六日にピカで死んだ。なぜか左半分
だけ焼け残ったのを姪が二日後、学童疎開先からぬけて来てトタン板の
上で焼いたそうだ。当時小6だった。』

坂口博さんによる「原爆文学」探査5/山福康政『焼け跡に風が吹く』
に考察と詳細が書かれているのを見つけました。

*朝日新聞 原爆投下直後の広島全景360度(1945年8月10日)
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そして今年は明日8/7から9/2まで、箱崎で父の展示がはじまります。
戦争を考える夏の間、ふらりと寄ってご覧いただけると幸いです。

     没後20年・生誕90年 山福康政の『付録』展
山福康政展*キューブリック


(08:15)

2018年08月05日

朝陽の旅人
ここんとこ毎日、朝陽が廊下の壁に映した、この旅人たちの姿を眺めながら起きあがります。

夢から覚めたばかりのボーッとした頭で、ゆらゆらオレンジ色に輝く旅人たちの姿を見ていると、そっちの世界に引きずり込まれそうになってとても心地良く、目覚めたくないなあと葛藤します。
真夏の痛いくらいの陽光でないと、この絵はないのかもしれませんね。

朝陽の旅人
朝陽の旅人の正体はこちら。→
十数年前にメキシコのオクミチョで一目惚れして買い求め、割れないよう大切に包んで持ち帰った、死者の日の素焼きのガイコツ人形です。
百合ヶ丘では祭壇のメインに、ここ若松では風が通る窓際に居て、私たちを見守ってくれています。

無信心の私には、顔見知りの愛する死者たちが神様ですから。安心♡

(09:15)