日々徒然

2017年02月14日

畑たいむ氏1994年記事

数日前、父の命日が近いことなど知るはずもない畑たいむ氏より「古い
スクラップを整理していて1994年に取材した時の記事が出て来ました」
と、新聞の切り抜き記事を画像添付で送っていただきました。
父が亡くなる3年前だったのですね〜嬉しいです!
畑たいむ氏の絵も現在のと少ぅし違っていて新鮮です。
山福印刷の前の細い路地は、現在も舗装されていないままの土の道で、
昨夏帰郷したときは1m越えの雑草が生え放題でございました。
あそこに美しい花を咲かせられるか…我が園芸部の腕の見せ所!

本日2/14の命日は、恒例の緑さんとのチョコ馬鹿喰いを遂行します♬

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『漫歩景』畑たいむ 1994年
ヤマフク印刷 主人 山福康政さん(66)
土の残る路地で50年
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店の前は今では珍しい土の路地で、雑草も生えます。この場所で50年に
なります。
広島で生まれ、2歳で若松に移ってきました。1950年に始めた「なびす工
房」というガリ版屋が、今の印刷屋の前身です。
76年に脳血栓で倒れ、右半身のリハビリのために絵を描き始めました。
78年にはそのイラスト集「付録」を自費出版。五木寛之さん、井上ひさ
しさんらにも送りました。
それが編集者の目に触れ、福音館書店から「原っぱに風が吹く」など、
子供時代の若松での生活を絵と文で描いた2冊を出版しました。
「裏山書房」の看板で本の出版も手がけています。火野葦平資料の会会長
の鶴島正男さん、筑豊文庫の故上野英信さんの著作など十数冊を出しま
した。
今後は印刷屋の方は長男に任せ、戦後をイラストで描いていきたいです
ね。
<メモ>若松区西園町13の4。市営、および西鉄バス停「栄盛川」そば。

(12:07)

2017年02月03日

寝室の蛍光灯
しんどかったです〜
普通の風邪、しかも
治りかけたはずの体
調がタイニーカフェ
ライブ日に怪しくな
り、翌日のビブリオ
でのライブ中にグン
グン熱が上がるのを
感じ、あ〜ヤバいこ
とになったな〜と…
A型インフル判定!
インフルからの初食事
とにかく爆睡。完全寝たきり
で、気付いたら数日経ってい
たという感じです。
数年前なら水だけの絶食で乗
り切ってたところを、今は母
が同居なので至れり尽くせり
…家族の愛は偉大です。お盆
だけでも元気なものをと…笑

というわけでインフルはもう完全に抜けましたー!
数々の連絡不通、不行届き、電話での応対のめちゃくちゃさ等…高熱で
朦朧としていたこともあって、様々うまくいっておりませんでした。
ライブへいらしてくださった方からのインフル発症のお知らせが何より
心苦しく、学級閉鎖に追い込んだウイルスそのものになった気分で小さ
くなっておりました。本当にゴメンナサイ!ご迷惑をお掛けしました。

明日から通常に戻します。
仙川タイニーカフェの撤収も終えていないので明日頑張るつもりです。
どうぞよろしくお願いいたします!

(17:44)

2017年01月10日

生還記念日の鯛飯
昨日1/9は3年前に
倒れた母の生還記
念日でした。
何かお祝いできな
いものかと考えて
いた頃にblogから
連絡をくださった
母の中学生時代の
お友達が、たまた
ま神奈川県にお住
まいだとわかって
鯛飯製作
いらしてくださることになり
…築地で写真展開催中の本橋
成一師匠をお手伝いしている
ポレポレタイムス社の二人が
鯛を仕入れた!と持って来て
くれ…突如少人数の豪華な生
還新年会となったのでした。

  鯛を捌くきさらちゃん→
大田黒氏
大田黒さんは、昔から親しん
でいるというアコーディオン
を持参してくださり、ジプシ
ー民謡やタンゴなど、何曲も
披露してくださいました。
歌声喫茶全盛の頃はよくロシ
ア民謡を歌っていたとか、終
戦後の引き揚げ、1950年代の
若松のこと等々…80歳の旧友
ふたりの話は興味深く、新旧
ポレポレ若輩共は鯛飯を頬張
りながら、その贅沢な不思議
時間を堪能したのあります。

母が生きててくれて良かった
としみじみ…。感謝!です。


(11:21)

2017年01月02日

注連飾り

毎年ヒヨドリに注連飾りのピラカンサの赤い実を食べ尽くされてしまう
ので、今年は何日保つかなあと思っていましたが…予想を越えた速度、
たった1日で食い尽くされてしまいました。わーーーっ!
注連飾り
大晦日は用心して鳥避けの網
を張っていて、元旦の朝に網
を取り、翌朝既にこの状態。
めっちゃ寂しい玄関になりま
したわよ。ヒヨドリめ!
玄関の扉にどうやってとまる
のか現場は見たことはないの
ですが、コンコンと扉をつつ
く音は聞こえ…元の樹にはま
だたくさん実がついているのに、なんで注連飾りだけを狙うかなあ!
まあ、酉年だから縁起が良いってことで…
1/2の朝に母と大爆笑だったので、福を呼んでくれたのかも。ヒヨドリと
格闘するこの環境ともあと半年でお別れなので、愛しい感じも…笑。
*ちなみに1/1の立派な注連飾りはこちら

(11:17)

2017年01月01日

山犬の道

高校卒業後に練馬区関町へ、それから新宿区四谷に移った後に中野、現
在の神奈川と、約35年間、転々と暮らした関東を離れ、今年2017年6月上
旬までに、北九州市若松区にUターン移住することとなりました。

相棒と共に未来を築こう、病と闘おうと借りたこの家には、言葉にはあ
らわせないたくさんの思い出が詰まっています。相棒亡き後も、その想
いを維持するためにせっせと庭を整え続け、この家自体が相棒なのだ、
私を包んで護ってくれているのだと感じて暮らしていたので、ここを離
れることなど有り得ないと思っていたのです。が、持ち主が売却すると
いうなら仕方がない。諦めがつきました。それにこの状況に至るまでの
急流は相棒が仕組んだとしか思えない…もういいから行きなさい、と、
そう促されている感じがすることばかり。
母の闘病や実家の印刷屋の諸事情で悩ましく思っていたところに追い打
ちをかけるように、現借家を売りに出したいと不動産屋から連絡が入り
…急速に暮らし辛くなっていく東京の状況を踏まえ、土地家屋の所有欲
ゼロ、魅力満載の九州、実家の印刷工場を版画工房として使えるという
こと等をじっくり考えたら、難なく北九州を選ぶという流れでした。

おとなになって遊んだ場所はすべて東京中心だったので、Uターンといっ
ても知らない土地に暮らすような感じですが、これまでの年月、仕事を
しながら遊びながら培ってきた私のいろいろを最大限に活かせる暮らし
ができたらいいなあと、あれこれ気持ちを膨らませているところです。
通常の一人暮らしでは考えられない膨大な量の荷物をどうやってまとめ
るか、仕事をしながらの移動は可能なのか、オンボロな実家の抜けた床
の修理をいつするのか…などなど、頭が痛いことが山積みですが、なん
とか乗り切っていかねばと、元日の今日、心新たにしています。

北九州での生活が始まれば、現在よりもっと作画作業に集中でき、自由
時間も増えるだろうと思われます。連載の仕事や新たに生まれはじめて
いる企画などは、そのまま継続して進めますので、これまで通り、私に
協力できる仕事等がありましたら、遠慮なくご依頼ご相談ください。
関東を離れるまでの半年間はイベントを含めた原画展や個展が毎月のよ
うに開催される予定です。詳細が決まり次第、順次告知していきますの
で、お時間が許すならば足を運んでくださると幸いです。

これまで35年間、仕事や遊びや様々なところで出逢い、折々で共に笑顔
の時間を過ごしてくださった方々に心からの感謝を。これから出逢うで
あろう素敵な方々にご挨拶を。そしてそれらすべてをググッと繋げてい
く動きができたら幸せだろうなあと、さまざま思い描いています。
これまでも、これからも…どうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m

(13:07)

2016年12月31日

注連飾り 2017

2016年は原画展2種の巡回、個展、グループ展の企画、絵本製作、挿絵本
製作、ライブ出演等々…息つく暇もない、私史上最も多忙な年でした。
皆さんの展示やライブなどのイベントに思うように行くことが叶わず、
失礼の連続で反省ばかり。
けれど私自身は病気もせず、仕事も展示関係もイベントも、周囲で協力&
応援してくださる皆さまのお陰でなんとか乗り切ることができました。
ほんとにもう…感謝!しかありません!のです。

昔からの友人知人、今年初めて知り合った方々、逝ってしまった方々、
生まれてきた方々も皆、幸せな年越し&新年でありますように!祈☆

我家の手作り注連飾りは今年も亀になりました。
玄関の扉なのに、毎年ヒヨドリがこの赤い実を食べ尽くすので、樹の実
が何日まで残っているか賭けでもしようかな(笑)と思っています。

(20:27)

2016年12月26日

炭火焼大会
そんなことは全然関係
ないのだけれど、たま
たま週末で丸鶏も安い
というので、クリスマ
スイブに炭火焼大会☆

←庭の樹木で作った手
製道具も進化の一途、
焼加減も抜群でしたよ
〜焼き師・末森樹殿!
炭火焼大会
庭に余っているブロック等を
使い、ついに調理用の炉まで
作ってしまった!という焼き
師ぶりでございます。
161224炭火焼大会04
共に大いに吞んで食べたのは
無血縁親戚の親しい面々7名。
鶏、豚、牛、海老らを満遍な
く、大量の茹で野菜と母の銀
杏飯で食しました♬…ゲプ。

(11:39)

2016年11月14日

炭火焼
数日前の暖かいお天気の日に
友人たちと炭火焼大会♪
←恒例になってきたベーコン
作りも進化しており、今回は
塩加減も薫し加減も完璧!

鶏の丸焼きは、手作りの茱萸
の樹の棒に刺し、4時間以上焼
きまくってウマウマでした。
炭火焼
締めは食べ終わった骨を煮込んだスープと
庭の収穫物のむかご飯。おほほ、なんて贅沢!炭火焼ってすごいなあ。

(10:40)

2016年11月02日

2016.5月 画廊香月 堀越千秋氏

連絡を頂いてからどうしていいかわからないまま1日半が過ぎました。
今はMAYA”死者の日2016” の会場に遊びに来てくれているはずだと信じ込
むしかない。献杯しすぎて二日酔い気味です。
初めて逢ったのは20年くらい前だったか…架空社の前野社長が、同級生
なんだよ〜と酒宴に連れて来てくださって、そのときいきなりカンテフ
ラメンコを歌ってくれた。素晴らしい。そして顔をくしゃくしゃにして
思い切りガハハハ!と笑う、そのおおらかな人柄の虜になりました。
私の初個展に来てくれたときに下手くそな陶芸作品を見て、登り窯を作
るから作陶しに来なよと誘ってくれたので、山へも何度か泊まり込みで
通いました。相棒やいろんな友だちを連れて。思い出が次から次に。
それから相棒の葬儀に参列してくれたこと、何もかも失くした上に肩身
が狭い、抜け殻のようだった私にとっては本当に心強くて。
最後に話したのは6月の終わり。MAYAで個展やって欲しいかもという連
絡で、本当は体調不良で無理だとわかっていたかもしれないのに、光栄
です、前向きに検討しますと仰ってくださっていた。
本当に大好きなひとでした。これからもずっとずっと尊敬し続けます。

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〜画家、堀越千秋氏の死去について〜
画家、エッセイストの堀越千秋(1948年11月4日、東京都生まれ)は、スペ
イン現地時間の10月31日午後9時45分、マドリード市内のアルコルコン病
院で多臓器不全のため死去しました。
葬儀は、現地時間1日の午前9時から午後11時までマドリード市内の葬儀
場で行い、後日、スペインと日本でお別れ会を行う予定です。喪主は妻
久美(くみ)さんです。
生前のご厚誼に感謝し、ご連絡申し上げます。  画廊香月 香月人美

画家の堀越千秋さん死去 「翼の王国」表紙絵を担当 朝日新聞

(15:59)

2016年09月20日

石油ものがたり 摺り
雨の日はなる
べく摺ること
にしていて、
進行中の絵本
のことを必死
もっし!
ヤマネコ毛布
の受注分も同
じく取り掛か
っています。
今頃…ですが
お許しあれ。

(11:55)

2016年09月12日

にゃが
わりと仲良くなれた他所んち
の猫。撫でるとがぶりと噛み
つき、抱っこはぐにゃぐにゃ
嫌がり、鬼ごっこをスタタと
ねだり、いつも高い場所から
人間を見下ろすクールな奴。

先日久々にお会いしたとき、
あまりにも『ヤマネコ毛布』
な風情で佇んでおられたので
許可なく激写。その間も終始
にこりともしてくれません。
たまらんな…ヤマネコ野郎!

(09:07)

2016年09月07日

焚き火
誕生日くらい遊んでも良いで
しょ、バチ当たんないよね!
と、某所で焚き火を思いっき
り楽しませてもらいました♪
心配していたお天気も崩れる
ことなく、風も強くならず…
鶏、牛、魚、野菜にワイン、
豚は吊るして炙り焼き、軽く
ベーコンにしてお持ち帰り。
初挑戦の空缶炊飯もなかなか
上手くできて満足満腹(≧ω≦)
うまうまで楽しかったわ〜♪

これでまた仕事を頑張れる!
と思いつつ…遊び足りない!



(19:07)